『 わたしの ジゼル ― (1) ― 』

 

 

 

 

      カン カン カン ・・・  タタタタ  ・・・

 

あちこちから廊下を急ぎ足でやってくる音がする。

「 あ フランソワーズ!  出てる? 」

「 おはよう カトリーヌ ええ 出てるわ 」

「 うわあ〜〜お ・・・ ? 」

「 わお〜〜 おはよ お二人さん  出てる? 」

「 ああ ミレーヌ〜〜 おはよう うん 」

「 おお 〜〜〜 」

「 女子ず〜〜  も〜にん?  出てる? 」

「 ルイ〜〜  出てる! あ ジャック こっちよ〜 」

「 うおう 

金色やら赤毛やら 茶色、たまに ブルネットのアタマが

押しあいへし合い 廊下の隅にあつまってきて ― 一点を見つめている。

 

『 卒業試験 課題  男女とも音源は事務所から借りること 

 

男女半々くらいで 皆 ごろごろ重ね着をしているが 

ほっそりと長い腕やら脚をもっている。

 

「 う〜〜〜ぬ〜〜〜 やられたぁ〜  

「 うへえ・・・ 」

「 うっそ ・・・ 苦手だわあ〜〜 」

「 まったまたァ  得意なんでないのぉ 」

「 やっぱ やっぱ ヤバいよう〜〜〜 」

「 なんで〜〜 これをもってくる? 」

 

一瞬 息をつめて一点を ― そこには 張り紙 が一枚 ―

見つめてから   はあ〜〜〜〜  全員がため息を吐いた。

 

「 と とにかく。  やるっきゃないわ 」

「 あ〜。  やるっきゃね〜な 」

 

誰からともなく漏れた囁きに 誰からともなく皆 かっきりと頷く。 

 

「 ― ちょっと自習してく。 」

「 あ アタシも 」

「 俺らもまぜてくれ 」

 

タタタ カンカンカン  人垣は崩れたけれど

そのまま更衣室へ向かうものはほとんどいない。

大半の者は 空いているスタジオへ入っていった。

 

 ここは パリのカルチエラタン近くの バレエ・スタジオ。

朝のアッパークラスが終わり 最上級生たちが

スタジオから出てきたところ だ。

 

彼ら・彼女らには 卒業試験 が 待っている。

コンサート形式の試験だが 卒業がかかっているだけではなく

パリに数あるバレエ・カンパニーの採用 も兼ねていた。

( つまり 彼らにとっては就職が掛かっているのである )

 

金髪碧眼 は ブルネット娘と自習スタジオの隅に荷物を置いた。

「 ・・・ あ〜〜 やられたぁ って感じ。 」

「 え  ファンションがあ ? 」

「 当然でしょう?  なんであんな難しいの、課題に選ぶのかしら 

「 ムズカシイから試験にちょうどいい、じゃない? 」

「 ・・・ う〜〜  そうだろうけど ・・・ 

 あ カトリーヌ、 『 ドン・キ 』 にするでしょ 

「 う〜〜ん ・・・ 考え中・・・ ファンションは 

「 わたし ・・・ テアトル・○○ の採用基準 になってるから

 ・・・ ホントは『 ドンキ 』 にしたかったんだけど ・・・ 」

「 うお 『 ジゼル 』?  た〜〜いへんじゃ〜〜ん 」

「 ん ・・・ でも 就職も考えないと 」

「 だよねえ ・・・ 多分 ほとんどが 『 ジゼル 』 で

 申し込むか ・・・ 」

「 でしょ ・・・ だ〜〜けど〜〜〜 」

 

   はあ〜〜〜〜   金髪碧眼は ふか〜くため息を吐いた。

 

      トンっ !  

 

彼女はポアントで立ち 耳の横に脚を上げ  ゆるゆると降ろす。

 

「 ん〜〜〜 よくわかんないんだよね〜 

「 え どこが。  ヴァリエーションのクラスで

 しっかり教わったじゃん?  マダム・ノエラに 」

「 あ〜  うん そうじゃなくて 」

「 じゃ なに 」

「 うん ・・・あ〜 そのう 気持ち が。 

「 気持ち??  だれの 

「 彼女、 ジゼルの。  わたしって〜 寛大じゃないからかな〜〜 」

「 ああ?  ・・・ あ〜 あのパ・ド・ドウの時の? 」

「 そ。  最後のトコよ 

 ねえ 自分を裏切って 死に追いやった張本人を よ?

 浮気モノで 大嘘つきだったわけじゃん?

 それを 許して   愛してるわ・・・ なんて いえる? ふつ〜 」

「 あ〜  まあ その解釈が一般的だよねえ 」

「 だから あのシーンは素晴らしい・・・のだそうだけど。

 テクニックだけじゃ踊れない っていうヒトもいるけど。

  ― でも ね!  わたしとしては ・・・・

 そんな気分にはなれないわけ どうしても。 

「 わからんでもないよ、 だけど そんなに想い入れ、する必要ある? 

 今回の試験は 必要なテクを正確に表現できるか ってことじゃないかな 」

「 それは そうだけど。  でもね わたし・・・

 踊りなら その人物のキモチになって踊りたいなあ 

 少なくとも その心を理解して踊りたいのよ 」

「 ふ〜〜ん ファンションらしいねえ 

 アタシは 誰よりも正確なテクニックを だれよりもはっきり 

 見せつけて  ― 踊りたい。 」

 

     シュッ!   ブルネット娘は派手にピルエットをした。

 

「 ふふ・・・ カトリーヌらしいわ

 アナタには 『 ドンキ 』 がぴったりよ 」

「 メルシ ファンション。  

 アタシは この踊りでアタシ自身を表現して ・・・

卒業したいのよ 」

「 ・・・ 卒業 かあ 」

「 ん  ここまで来たね 」

「 そう ねえ 」

「 ふふ チビの頃から ず〜〜っと踊ってきたね 」

「 そうね いっしょにね 」

「 一緒に ね 」

金髪碧眼 と ブルネット は だまって見つめあった。

二人しかしらない様々な想いをこめた視線が 絡みあう。

 

     今まで ありがとう カトリ−ヌ。

 

     フランソワーズ。 これからも 頑張ろうよ

 

幼馴染は 一番のライバルで親友でもあるのだ。

 

 

不意に ― 目の前の鏡の奥を す・・・っと黒髪 が横切った。

 

「 あ ・・・ あのコ また自習してるわ 」

「 だれ?  ・・・ ああ アヤね 

 アジアから来たコだよね  シノワーズ? 」

カトリーヌはフランソワーズの視線を追っていたが

すぐにもとに戻した。

「 あ〜 ううん ジャポネ よ。 トウキョウ だって

 あのコも卒業コンサート、出るのかしら 」

「 いや ・・・ 彼女 7年生のはずだよ 」

「 ふうん  じゃあ ただ自習してるわけ 」

「 みたいだね〜 クラスの後 毎日午後いっぱい自習してるって 」

「 すごい ・・・ 」

「 あのコね、 ホント スゴイよ。 ちらっと見ただけだけど

 グラン・フェッテにね8回くらいダブルいれるんだ  」

「 へ え〜〜〜  でも そんなの、必要? 」

「 自習してるの、見ただけだよ。 ただ ― 

「 なあに カトリーヌ 」

「 アレグロ、強いね。 テンポの速い踊り、上手いんだ 

「 ふうん ・・・ わたしとは正反対のタイプね 

「 ファンションは そのままでいいよ。

 あんたの 『 ジゼル 』 あの パ・ド・ドウ 見たいよ

 軽い〜〜ふんわり・・・な妖精♪  頑張れ。 」

「 ありがと。  カトリーヌ めちゃめちゃ最高のテクで

 『 ドンキ 』 踊って 」

「  ん ・・・ ね ファンション 」

「 なあに 」

「 踊ってゆこうね  ずっと 一生!

 踊る場所は違っても 踊っていようね 

「 ん。  最初にバレエ・シューズ履いた日から 一緒だもんね 」

「 ― 頑張ろ!  世界中のどこにいても 踊ってさえいれば 」

「 うん! 一緒よね。  おばあちゃんになって

 歩けなくなるまで 踊ろうね! 」

 

  稽古場の隅でダンサーを目指す娘たちは に・・・っと笑いあった。

 

 

 

  わいわい  がやがや  ひそひそ  こそこそ

 

この掲示板の前は いつも皆の思惑が渦巻いている。

 「 ・・・ あのコとかあ ・・・ 」

「 なんだよ いいじゃん  細っこいし。 俺なんて〜〜 」

「 ダイエットしてもらえ〜〜〜 」

男子もぼそぼそ・・・

「 ひゃあ〜〜 ペーターかあ 」

「 へえ?  アタシ・・ フィルか。 」

「 きっちりリフト してくれるかなあ 」

「 アタシ 蹴飛ばしそう〜〜  」

女子もひそひそ・・・

 

課題の申し込みも終わり 最終発表として パートナー の表が

貼りだされた。

テクニック重視は勿論当然だが ニンゲンである以上 相性 もとても大切なのだ。

バリバリのプロになれば そこは < 目を瞑る > ことも出来るが

なにせ 若い少年少女、なんとな〜く苦手 な相手は

ごめんだ〜〜 と誰もが思っているだろう。

 

    う〜〜〜〜〜  げ〜〜〜  うそ〜〜〜〜  やだあ〜〜〜

 

そちこちから 密かな嘆きが聞こえてくるのである。

「 ファンション〜〜  誰と? 」

ブルネットが金髪の肩に そっと手を置いた。

「 あ カトリーヌ。   ・・・ 二コラ だって。 」

「 う わ  あの蚊トンボ? 」

「 ・・・ ん ・・・ カトリーヌは 

「 アタシ ジャック。  振り回されそう〜〜 

 でもね 今回は アタシが振り回すよ ! 」

「 がんばって カトリーヌ! 」

「 ファンションもだよ〜〜 あの蚊トンボを鍛えて

 遊び人王子 に仕立てあげなくちゃ 」

「 ・・・ やれやれ だわ ・・・

 ともかく自分自身の踊りは びしっと決めておかないとね 」

「 だよね〜〜  あ 来たよ 」

 

ひょろりとした青年が近寄ってきた。

「 フランソワーズ?  よろしく〜〜 」

「 二コラ。 わたしこそ。  ・・・ あんまし軽くないから

 リフト 頑張ってね 

「 あはは ダイエットしてくれえ  とにかく

 いい踊りを! 」

「 ええ 」

金髪碧眼娘 と 蚊トンボ青年は ぎゅ っと握手を交わした。

 

 ― 翌日から それぞれのリハーサルが始まる。

まずは各々の組で自習が必要で 空きスタジオが解放される。

最上級生たちは 最後の正念場に向かって突き進むのだ。

 

「  〜〜〜〜と そっち側から走り込んできてくれね? 」

「 え だって 下手からまっすぐ でしょう? 」

「 そうだけど 少し斜めった方が勢い、つくだろ 」

「 音に合わないわ。 」

「 やってみようよ 絶対にリフトするから 」

「 わたし 音を無視はできないわ 」

フランソワーズの相手は 二コラ。

短い金髪のひょろりとした少年で、日頃は穏やかな雰囲気だった。

 

    あらあ  案外、言うじゃない?

    ・・・ ふうん、主張するべきことは する のね。

 

    ふ〜〜ん ・・・ 

    細っこいけど ちゃんと持ち上げてるのね

 

 「 〜〜〜っと  こんな雰囲気で どう? 」

「 ・・・ いい感じよ〜〜  ねえ もう一回 いい?

 もう少し アームスを伸ばせそうなの 

「 オーライ♪ でっきるだけ粘るから 優雅にふわ〜っと な 

「 おっけ〜〜〜  さあ 行くわよ 」

 

     ・・・ あ ・・・いい感じ〜〜〜

 

     このヒト、力持ちだけじゃないわ、

     わたしのタイミングをちゃんと読んでくれる!

 

言い合いうことも多かったが 二人は次第の意気投合していった。

若さとそして野望に満ちた若者たちは 至高の愛 を踊るべく

あれこれ・じたばた ・・・ 試みるのだった。

 

   〜〜〜 ♪  ♪ ♪♪

 

ジゼル は 静かにパ・ド・ブレで 背中から下がってゆき。

誰もいない明け方、 愛しい人の墓の前でアルブレヒトは悲嘆にくれた。

 

「 ん〜〜 こんな感じで どう? 」

「 いい! いいわあ〜〜  ニコラ

 ああ 二コラのアルブレヒトに くらくらするわ 」

「 メルシ  ジゼル 最愛のヒト 」

「 うふふ ・・・ う〜〜ん もっとこう・・・儚い雰囲気を

 出したいわあ 」

「 テクニックはばっちりだと思うけど?

 ファンション、 きみは持ち上げ易いよ 

「 あら ・・・ それはね、 二コラ。

 アナタがわたしのタイミングをしっかり読んでくれるからよ 」

「 そうかなあ ・・・きみは音通りに踊るからね〜 」

「 ね? 最初のリフト ほんの少し早くはいって ゆっくり

 降りてみる?  ふわ〜〜〜〜ん ・・・ って感じで 

「 やってみる? 音 ナシだけど 」

「 ん 」

二人は上手と下手に離れて立った。

「 じゃ  この速さで 」

    トン トン トン  ・・・ 二コラは足音でテンポを示す。

「 オッケ〜 じゃ   5  6  7  8〜〜 で でます 

「 ほい。 」

 

   タタタタ  ・・・ !   よ・・!

 

 軽く走って来た彼女を正面から頭上高くリフトする。

「 ・・・ あ  いい感じじゃない? 」

「 ん〜〜 だけど 音 を外すよ やはり 

「 そうねえ ・・・ 上にいればいい ってもんでもないし 

「 だろ?  そもそも ここで俺はもうヘロヘロなんだから さ 」

「 あ そうでした そうでした  張り切ってリフト〜〜 したら 

 ヘンよねえ  」

「 だろ?  なんかこう〜〜 空気感 っていうの?

 それ 欲しいな。  ジゼル はもうニンゲンじゃないんだから 

「 ! そうよねえ ・・・ う〜〜〜ん ・・・?

 ダイエットするわ! 」

「 あんまり貧相になるなよ?  ガリガリはゴメンだ 」

「 ・・・ む ムズカシイわ 遊び人の王子サマ 」

「 お〜っと あのキャラは俺じゃないからね。  

 俺的には アイツのこと、ど〜もな〜〜 って思うし? 」

「 あ 二コラも?  わたしもね〜 どうかと思うのね 」

「 そりゃ  女子的にはそうだろうさ 」

「 あ それもあるけど ジゼル の方。

 ・・・ こんな仕打ちをしたオトコを ほいほい許せる??

 わたし ミルタの方がず〜〜っと共感できちゃう 」

「 お おっかね〜〜 フランのミルタ〜〜 」

「 ええ そうよ。  踊るのだ 死ぬまで! 」

さ・・・っと 腕をあげるミルトの枝を振った ( つもり )で

彼女はゆっくりと彼を見据えた。

「  う ・・・ 」

  タタン  タタ ・・・ ン !

二コラは 苦し気なステップを踏む。  

操られ 疲れ果て 死ぬまで 踊り狂わせられる・・・

「 いい いいわ〜  ヒラリオン!  

 二コラ〜〜  ヒラリオンとミルタ の パ・ド・ドゥ、

 作りたいわね! 

「 あ いいねえ  ― なあ フランソワーズ 

「 なあに 

「 いつか 一緒に創作したいね。 ・・・ 二人で さ 」

「 ええ ええ! もう〜〜 夢なの。 

 ね いつか 一緒に踊りましょうよ わたし達のバレエを 」

「 ああ。  そのためにも 」

「 ん。 なとしてもこの試験、いい結果を出さないと 」

「 ・・・ やる。 やろうよ。  ジゼル。 」

「 ええ。 アルブレヒト。  やるわ 

 

     ぎゅ。  

 

パートナーとして プロフェッショナル・ダンサーを目指す者として

二人は 固く握手を交わした。

 

 

 

そして  卒業試験の結果 ―

 

カトリーヌの組もフランソワーズと二コラも 希望通りのバレエ団に採用になった。

 

    ―  が。

 

     金髪碧眼のバレリーナは  忽然と消えてしまった。

 

 

「 ・・・ なんか わかった? 」

稽古場の隅で カトリーヌは低い声で訊いた。

「 ・・・ 」

二コラは黙って首を振る。

「 ! ったく! 警察は なにやってんのよ! 」

「 お兄さんが ファンションのお兄さんが 

 軍のほうからも探してくれてるんだけど ―  全然 」

「 どうして??  なぜ 彼女が失踪しなければならないの???

 前途洋々 希望に満ちていたのよ??? 」

「 わかってる 」

「 気まぐれの家出?  オトコと駆け落ち? 

 冗談じゃあないわよ!!  ぼんくら警察ども〜〜〜

 ファンションは そんな女性じゃないのよっ 」

「 カトリーヌ。 わかってる。

 俺たちは 同じ立場だぜ  ・・・ 同じ! 

「 ・・・ ごめん 二コラ・・・ 

 つい あんまり腹が立って ・・・ 二コラに怒鳴っても仕方ないのに 」

「 わかるよ カトリーヌ ・・・ 

 俺は ― なにもできない ・・・! 

 こんなに大切な仲間のために  なにも出来ないんだ !

 情けない ! 俺 は ・・・ ! 」

 

   バシッ   彼はシューズを床に叩きつけた。

 

日頃 温厚で冷静な彼には似合わない仕業だ。

カトリーヌは胸を衝かれる思いだった。

 

「 ・・・ 二コラ。 

・・・ ファンションのこと   好き だった? 」

「 ああ。 好きさ。  好きなんだ  愛してるんだ!

 ― いつか 一緒に踊りを創ろうって ・・  それなのに! 」

 

  コトン。 

 

カトリーヌは二コラのシューズを拾い静かに差し出した

「 大切な相棒でしょう? 可哀想よ ・・・・」

「 ・・・ あ ああ  ごめん  八つ当たりなんて最低だな 」

「 ね 二コラ。

 アタシ ・・・ 踊るわ! 世界中を回って踊るの。

 そして ファンションのこと 伝えるわ。

 そうすれば  どこか で 彼女を見つけられる  かも・・・

 彼女が気付いてくれる かもしれない から ! 」

「 カトリーヌ ・・・ 僕は 彼女がいつ帰ってきてもいいように

 ここにいる。 ここで 踊るよ プロデュースできるようになる。

 いつ 彼女が戻ってきてもいいように。

「 ― ん ・・・。 

 アナタの愛しい人 アタシの大事な幼馴染 のために! 」

「 ああ。  それが ダンサーとしての俺たちが

 ダンサーである彼女のために出来る唯一のこと だね 」

「 そう そうなのよ。  アタシ達 ダンサー なんだもの。 」

 

涙に汚れた顔と顔を見合わせ 二コラとカトリーヌはしっかりと頷き合った。

 

「 あのう  ワタシも! 」

 

背後から 小さな声が聞こえた。

二人が振り返れば ―  黒髪の少女が立っていた。

 

「 ?  あ えっと  アヤ? 」

「 はい。 ワタシ 日本に帰っても あの方の『 ジゼル 』

 忘れません! 」

「 ずっと見ていたものね 」

「 はい。 憧れています。 それはずっと変わりません。

 私の一生の憧れのダンサーです。 」

「 ・・・ ありがとう アヤ 」

「 だから ワタシ。 伝えます、あの方のこと。

 そして あんな風に踊れるダンサーがいるんだ って

 皆にいいます ・・・ アジアの隅っこだけど 」

「 頼む。 黒い瞳のアヤ 」

「 お願い。 アヤ ・・・ 同じスタジオで学んだ仲間として。」

「 はい! 」

 

  兄の 仲間達の 周囲の人々の 心は熱かった けれど。

金髪碧眼の少女の行方は ― 誰も知ることができなかった。

 

       No one knows where  ・・・

 

 

 

   ―  時は流れ 人々は去り そして また巡り逢う。

 

 

  ザワザワザワ ・・・  

 

スタジオの中は 熱気が揺れていた。

私語はご遠慮ください の張り紙のためおしゃべりは聞こえないが

人々の間からは ある種の高揚感が立ち上っている。

 

フランソワーズは最後列で 身体を固くしていた。

 

    聞きたくない ・・・

    ああ このまま逃げて帰りたい〜〜

 

    だめよ フランソワーズ。

    この決着は 自分自身で見届けなくちゃ。

 

    ・・・ ああ でも消えてしまいたい

 

俯き髪で顔を隠し そっと唇を噛む。

久し振りに緊張しまくり 踊ったので身体中がみしみし言っている。

 

    やっぱり 来るべきじゃなかったのよ

    オーディションなんて 受かるわけ、ないじゃない?

 

    ねえ フランソワーズ。

    あんたはもう おばあちゃん なのよ?

    いい加減で昔の夢は 忘れることね

 

さんざんの自虐の果て 滲んできた涙を、汗を拭う風を装い

タオルで拭った。

 

  コツコツコツ。 

 

ぴんと背筋が伸びた初老の女性が 壮年の男性を伴い

入ってきた。

 

   サ ・・・。  部屋中が瞬時に静まった。

 

「 お待たせしました。  結果を発表いたします。」

女性が椅子に腰を下ろすと 前に立った男性が口を開いた。

「 オーディションにご参加ありがとうございます。 

 お疲れ様でした。  今回募集の男女各三名枠の合格者は 」

 

知らない名前がずらずらと読み上げられ 会場は一層ざわめき・・・

フランソワーズは 最後まで聞いていられずに、そっと退室した。

 

「 ・・・ メルシ  踊らせてくださって ・・・ 」

 

彼女はスタジオに向かって丁寧にレヴェランスをすると

静かに更衣室へ荷物を取りに行った。

部屋から出ようとすると どやどや参加者が入ってきたし

廊下もロビーも ざわざわしていた。

 

「 Pardon ( 失礼 )・・・  あ  ごめんなさい ・・・  」

 

人込みをちょっと苦労して通っていると。

 

「 あの ちょっと! 」

後ろで声がしたが 自分ではないだろう、と無視をした。

ロビーで 外に出る順番を待っていたら 今度ははっきりと

真後ろから声を掛けられた。

「 マドモアゼル? ・・・ あなた。 」

 

    ・・・ ?  聞き覚え あるわ?

 

振り向けば オーディションの審査長 であり このバレエ団の

主宰者の女性が立っていた。

 

「 はい? 」

「 !   ああ ・・・  いえ そんなはず ないわよねえ

 もう何十年も経っているんだもの ・・・ 」

「 あの・・・? 」

「 ああ ごめんなさいね  あの つかぬこと伺うけれど

 貴女のお母様 あ お祖母さまかしら   どなたか

 バレエをやっていらしたかしら 

「 ・・・ いいえ? 」

「 あ それでは 伯母様とか ・・・いらっしゃらない? 」

「 え ・・・ あ  あのう  い いいえ ・・・ 」

「 そう ・・・ ああ ごめんなさいね いきなり・・・

 貴女 私の昔の友人にそっくりなのよ 

「 は あ ・・・ 

「 フランソワーズさん ね? 」

「 はい 」

「 オーディション 参加してくださってありがとう。

 今回は 残念だったわ 」

「 ・・・ 当然です  全然踊れませんでしたから・・・ 

 最後まで踊らせてくださってありがとうございました 」

「 これからどうなさるの 」

「 ・・・ 練習します。 踊っていたいので 

「 それなら ―  ねえ ちょっと私のオフィスに寄って頂けないかしら 」

「 は  はい ・・・? 」

 

 ― そして。  踊りの女神が フランソワーズに微笑かけた。

 

 

 

「 ただいま〜〜〜〜 帰りましたァ !!! 」

 

玄関のドアが 勢いよく開く。

「 おや ウチのお姫様のお帰りだ  どうやら上手くいったらしいなあ 」

博士は 入口へ笑顔を向けた。

「 そうですね フラン〜〜〜 お帰り〜〜 」

ジョーは 読み止しの雑誌を放りだし 玄関に飛んでいった。

 

「 お帰り!  あ  合格 ・・?  あ ・・・れ 」

彼女は にこにこしているが 朗かに泣いた、それも 大泣きをした後の眼

をしていた。

 

      泣いた ・・・・ んだよね??

      ってことは 〜〜〜

 

「 うう〜〜〜ん 見事に 落ちましたァ〜〜〜〜♪ 」

「 ・・・ え 」

「 で ね。 来週から レッスンにいらっしゃい  って!!! 」

「 え  そ そうなの??? そういうシステムなんだ? 」

「 うう〜〜ん 全然。 もうね〜〜 オーディションは悲惨・・・

 途中で帰ろうって思ったくらい。 でもね 」

「 うん? 」

「 こっそり泣いて 帰ろうとしたら

 そのバレエ・カンパニーの先生にね 誘ってもらえたの! 

 レッスンにいらっしゃい って!!! 

「 うわ  そりゃチャンス だよね? 

「 ええ  もうさいこ〜〜〜よぉ 補欠にもならなかったのに。

 ふふふ きっとあんましヘタクソだったから 

 放っておけなかったのかも 

「 そういうものなの?? 」

「 とにかく 踊れるの!  あ 博士に報告しなくちゃ

 博士〜〜〜 」

フランソワーズは 頬を紅潮させリビングに駆けこんでいった。

 

「 う わあ ・・・  キレイだなあ ・・・

 全身がきらきら光ってる みたいだ ・・・ 

 あ うん クリスマス・ツリー  だ ! 」

ジョーは ほれぼれ彼女を眺めていた。

  ( ジョー君? 自分の語彙力の貧しさに気付こうねえ〜〜 )

 

「 ただいま戻りましたぁ〜 

「 お帰り。  いい報告かな?  ん? 」

博士も 飛び込んできた彼女を一目見て気付いていた。

「 はい。  えへ ・・・ あのね 見事に! 落っこちました 」

「 そりゃ ・・・ 残念じゃったな 」

「 はい でも ― 主宰者の先生が話してくださって・・・ 」

「 うん? どうしたね 」

「 ・・・ あの 

 

彼女のアタマの中に 先ほどの < 出来事 > が

超スピードで蘇っていた。 鮮やかに はっきりと。  

 

「 あ ・・・ 」

「 それで どうしたのかね 」

「 ・・ あ いえ   あの。 

ほんの一瞬 彼女は息を止め ―  たった今 心に抱いていた想い を

丸ごと 呑みこんだ。  そして。

 

「  ― はい。   オーデイションは落ちましたけど

 来週から レッスン生として来ないか ・・・って ! 」

「 ほう それは新たなるチャンスだなあ 」

「 はい!  あのう ・・・ 毎朝 レッスンに行っていいですか 」

「 当たり前じゃよ〜〜  是非是非がんばりなさい  

「 はい!  きゃ〜〜  嬉しいけど緊張! 」

彼女は ちょんちょん飛び跳ねていた。

 

 

フランソワーズの 新らたなる挑戦 が始まった。

・・・ それは滅茶苦茶に大変な日々だが 彼女は果敢に挑んだ。

 

「 ぼくも ― 負けちゃらんない !  」

 

ジョーも 大いに張り切った・・・ のだけれど。

 

彼も そして 博士も 彼女の < 一瞬の沈黙 > に

気を留めることは なかったのである。

 

Last updated : 02.23.2021.                index     /     next

 

 

*******  途中ですが

平ゼロ 93 設定 です〜〜  ので!

前半の時代は 今からほぼ50年近く前・・・ ということになります。

グラン・フェッテ云々〜 ですが 

現在では 32回全部ダブルで回るヒトはたくさんいます。